レコードを愛するゲストを毎回迎え、ELLA ONLINE STOREのラインアップから“いま欲しい5枚”を選んでもらうインタビュー・シリーズ“WHAT’S IN YOUR CART?”。
今回は、日本を代表するタブラ奏者のU-zhaan(ユザーン)さんにお越しいただきました。インド古典音楽のみならず、様々なジャンルのアーティストと縦横無尽に共演を重ねながらタブラという楽器の可能性を押し広げてゆくU-zhaanさんの柔軟な感性はどこからくるのか。その源泉に触れるような5枚の作品と、音楽愛にあふれたトークをお楽しみください。さらに、インタビュー後半ではインドにまつわる話題にフォーカス。音楽事情からカレーのことまで、U-zhaanさんならではのお話をたっぷりと伺いました。
Interview & text: Mikiya Tanaka (ELLA RECORDS)
Photo: KenKen Ogura (ELLA RECORDS)
Interview location: ELLA RECORDS VINTAGE
Furniture design & production, Interior coordination: "In a Station"
Special thanks to: Satoshi Atsuta
U-zhaanの“いま欲しい5枚”
①The Beatles / Rubber Soul(1965)Mono/UK original

The Beatlesは小学生の頃からすごく好きでしたが、今回は『Rubber Soul』のモノラル盤をもう一度ちゃんと聴いてみたいなと思って選びました。前にLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIさんのスタジオへ遊びに行ったことがあって、その時に聴かせてもらったレコードなんですよね。NAOKIさんはビートルズ・マニアで、レコードもUK盤とか日本盤とか様々なバージョンで大量に持ってるんですが、「『Rubber Soul』や『Revolver』は絶対にモノラル盤の方がいいよ」っておっしゃってて。僕が小学生の頃から今まで聴いているビートルズのCDって、モノラルは4枚目のアルバム『Beatles For Sale』までなんですよ。5枚目の『Help!』以降はステレオミックスになってるから、まあそういうものなんだろうと思っていたし、正直なところモノラル盤が存在していることすら知らなかった。でもNAOKIさんが言うには、リリース当時ステレオはまだ世の中にそれほど浸透していなくて、ビートルズも一応ステレオ盤を作ってはいたけれど彼らがメインのミックスとして考えていたのはあくまでモノラルだったと。そんなに言うんなら、と聴かせてもらった『Rubber Soul』と『Revolver』のモノラル盤が驚くほどよかったんですよね。それまで僕が聴いてきた、それぞれの音がちょっと実験的なくらい左右に振られているステレオ盤よりもサウンドに一体感があり、力強くて。ただ、あの時はだいぶ酒も飲んでたし、もしかしたらNAOKIさんが力説するのに乗せられてそう感じたのかもしれないから今度はシラフで聴き比べてみたいんです。
②Miles Davis / Someday My Prince Will Come(1961)Mono/US original

アナログでは持ってないんですけど、自分でもなんで持ってないんだろうって思うほど好きなアルバム。表題曲の「Someday My Prince Will Come」が本当に好きなんです。マイルスで一曲選ぶなら「’Round Midnight」(1956)とどっちかで悩みますが、この2曲の共通点はマイルスのトランペットの音が抜群にいいことですね。この「Someday My Prince Will Come」はアレンジもすごく面白くて。イントロから50秒くらいの間、ウッドベースは4分音符でずっとFの音を刻み続けてるだけなんですよ。そこにマイルスのトランペットが加わってきた瞬間のカタルシスが凄くて。僕が好きな音楽の全部がここにある、みたいな気分になります。この曲とBill Evansの「Waltz for Debby」を若い頃に聴きすぎたせいか、僕は自分で曲を作ろうとするとかなりの割合で3拍子になっちゃうんですよね。ワルツだらけになるのも困るので、3拍子で出来上がったメロディーを後から他の拍子に変換することもあります。
③Grant Green / Idle Moments(1965)Stereo/US original

バーボンとか飲みながらレコードで聴きたい音楽のナンバーワンですね。中学生の頃からジャズ・ギターは好きで、Joe Passを筆頭にWes Montgomery、Jim Hallとかもよく聴いていたんですが、中でもこのGrant Green『Idle Moments』は別格で好きです。何なんでしょうね、この過剰なほどの哀愁は。テンポがめちゃくちゃ遅いのもいいですよね。僕がやってる北インド古典音楽の出だしって結構このくらいのBPMだったりするから、ちょっとインド音楽っぽさを感じたりもします。
あと、僕はヴィブラフォンの音も昔から好きなんですよ。MJQのMilt Jacksonとか、Lionel Hampton、Gary Burtonみたいなヴィブラフォン奏者の演奏もよく聴いてました。この『Idle Moments』には、まだそれほど有名じゃない頃のBobby Hutchersonが参加してて。ヴィブラフォン&ジャズ・ギターという組み合わせが生み出す、なんとも言えない謎の雰囲気がいいですよね。Bobby Hutchersonには、ちょっとお世話にもなってるんですよ。彼の「Montara」という曲をサンプリングしたスチャダラパーの「サマージャム’95」を、U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSとしてカバーさせてもらったことがあって。
④Ravi Shankar/Ustad Ali Akbar Khan with Alla Rakha / In Concert 1972(1973)JPN original

北インド古典音楽のレコードはかなり所有してるんですけど、僕が持ってるほとんどはインド盤なんです。これはアメリカの作品だから持ってなくて。とても有名なアルバムだから、もちろん聴いたことはありますけどね。ここでタブラを演奏してるUstad Alla Rakhaは、僕の先生であるザキール・フセインのお父さんです。川越の「丸広百貨店」ってデパートの物産展で最初のタブラを買ったあと、はたしてこの楽器はどんな音なんだろうかと思って購入してみたCDがザキール・フセイン先生のソロ演奏でした。聴いてみたら1人で演奏してるとは信じられないほど、あまりにも多様な音が鳴ってるので「これは "ソロ" っていう表記が間違っているんだろう」と思っていたんですよね。そしたら僕の叔父がタブラの演奏ビデオを持ってるって言い出したんで、彼の家まで行って見せてもらったんです。そこでタブラ奏者の演奏姿を初めて目のあたりにし、本当に一人でこんなに色々な音を出してるんだって知ったんですけど、そのビデオで演奏していたのがアラ・ラカでした。そんな僕にとって特別な存在であるアラ・ラカが、インド音楽を西洋に広めた立役者であるPandit Ravi Shankar(シタール)とUstad Ali Akbar Khan(サロード)という2人と共演するアルバムですからね。なんで持ってないんだっていうレコード。あと、ビートルズ好きとしては、Apple Recordsの作品っていうところもいいですよね。日本盤の帯の「THE BEATLES FOREVER」っていう文字も嬉しい。
⑤クラムボン / JP(1999)2019年初アナログ化

昨日の朝4時半まで原田郁子さんと酒を飲んでたんですが、その時にこのアルバムの話になって。「私も昔はジャケットでシャボン玉吹いたりしてたんだよねー」みたいな話を原田さんがしてたので、次のリハーサルで僕の家に彼女が来る時にこれを飾っておいたら笑ってくれるかなと。このジャケット、僕は好きですけどね。ついジャケ買いしたくなるレベル。それに、『JP』は内容的にもすごく良くて。今まで何度聴いたかわかりません。クラムボンって素晴らしいバンドですよね。それこそマイルス・デイビスやビートルズみたいに、ずっと色々なことを更新しようとし続けてるバンドの一つだと思います。

Interview Part 1: U-zhaanとレコード
━━レコードとの出会いを教えてください。
U-zhaan:子供の頃に買ったレコードは1枚しかないんですよ。なぜかというと、我が家にCDが導入されたのがすごく早かったから。小学校1、2年生くらいのときには、すでにCDプレイヤーがあったんじゃないかな。なので最初に買った1枚以降は、大学生になるまでずっとCDでした。最初に買ったレコードは吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」(1984) の7インチ・シングル。栃木県に住んでいた祖父母が買ってくれました。
━━現在レコードショップに通う頻度は?
U-zhaan:「レコードを買おう」と思って1人でレコード屋さんに行くことは少ないけど、友達にはレコード好きの人が多いし、ツアーで色んな街に行ったときにレコード屋へ立ち寄るのは好きだから、平均して月イチくらいでは行ってるんじゃないかな。
━━好きなレコードショップはありますか?
U-zhaan:うーん、川越の「レレレノレコード」かな。そんなによく行くわけではないですが、地元の店だからなるべく応援してあげたいっていう気持ちはあります。
━━ 日常的にレコードを買うわけではないU-zhaanさんがレコードを買いたいと思うのってどんな時ですか?
U-zhaan:たとえば、2023年にザキール・フセイン先生やギタリストのJohn McLaughlinらによるShaktiっていうバンドが46年ぶりのスタジオ録音アルバム『This Moment』を出したんですけど、それのアナログ盤が出るって知ったときはめちゃくちゃテンション上がりましたね。推しの新譜をLPで買う、なんてちょっと夢みたいな話じゃないですか。盤も紫のカラー盤だったりして、それもすごく嬉しかったのを覚えてます。なので、本当に好きなアーティストがレコードを出せばもちろん買いたくなる、って感じですかね。
━━今のU-zhaanさんの音楽の聴き方は配信中心ですか?
U-zhaan:配信より、自分でMacやiPhoneに取り込んだ音楽を聴いていることの方が多いですね。配信が嫌いとかそういうことではなく、配信されてない音源を聴いていることが多いんですよ。タブラの先生からレッスンを受けてる時の録音とか、カセットテープだけでリリースされて今後も配信されることのなさそうな古いインド音楽の音源とか。もちろん、配信されているものに関しては普通に配信で聴いています。便利ですよね。
━━逆に「これはレコードで聴きたい」と思う音楽もありますか?
U-zhaan:アナログを出すことを前提に作られた音楽は、やっぱりアナログで聴くと楽しいですよね。CDのない時代の録音物とか。デジタル録音になってからの作品はその限りではないかもしれませんが、でも僕は自分のソロアルバム『Tabla Rock Mountain』(2014) のときも、U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS『たのしみ』(2021) のときも、最初からレコードで出すことを想定した収録時間にしてました。曲順もA面/B面を意識して組んで。アナログ化の際に曲順を変えたり、あるいは時間の都合で何曲かカットしたりとかしたくないですもんね。
━━いま所有しているレコードの枚数は?
U-zhaan:どのぐらいあるだろう? 500とかかな。自分が今住んでる家にあるのは100枚くらいで、残りは実家にありますね。
━━レコードコレクションのジャンルの内訳はどんな感じですか?
U-zhaan:半分くらいはインド音楽。あとは父親が持ってたレコードを勝手に自分のレコード棚に取り込んじゃってるのがあって、それはビートルズとか日本のフォークとかですね。それ以外だと、20年くらい前まで川越にあったダ・カーポっていうレコード屋で購入したレコードが多いかな。店長の清水さんがアメリカで買い付けてきた、よく知らないロックのレコードとかを薦められるままに買ったりしてました。聴いても今ひとつわからなかったけど。基本的に、僕はビートルズ以外のロックをほとんど通ってないんですよ。中学とか高校の頃はロックにも興味があるフリをしてたけど、本当はよくわかってなかった。
━━ビートルズにハマッたのはお父さんの影響ですか?
U-zhaan:そうですね。父親が持っていたCDは色々聴きましたけど、やっぱりその中ではビートルズが衝撃的でした。ファンクラブにも入ってましたよ。毎月送られてくる会報を読むのが楽しみでした。そのファンクラブに入るとビートルズのメンバーが来日した時に優先的にチケットが買えるって話だったんですが、なかなか誰も来日しないから退会しました。でも、退会してすぐにジョージもポールも来日しちゃった。
━━ビートルズで一番好きなアルバムは、やっぱり今日選んでいただいた『Rubber Soul』ですか?
U-zhaan:個人的に特に好きなのは『Abbey Road』(1969)やホワイトアルバム(1968)など、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967) 以降の後期作品ですね。小学生のころに初めて聴いた『Sgt. Pepper’s…』をきっかけにビートルズを好きになったんですが、最初は「やけに長い名前のバンドだな」と思ってました。背表紙のところにカタカナで「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」って書いてあったので、そういう名前のバンドだと思ってて。
━━後期ビートルズというとインドに傾倒したりもしていましたが、その辺の影響はありますか?
U-zhaan:当時はまったく意識してなかったですね。むしろジョージ・ハリスンのインド路線の曲は飛ばして聴いていたくらいです。なんだか不思議な感じがして怖かったし、そんなに何度も聴きたいような曲ではないなと思ってました。今はもうそんなこと全然思ってないですけどね。実験的で面白い試みだし、タブラやシタールをとても効果的に使っていると思っています。

━━ジャズの方はどういったきっかけで好きになったんですか?
U-zhaan:きっかけはLouis Armstrongですね。中学の吹奏楽部でユーフォニアムっていう管楽器を吹いてたんですけど、Louis Armstrongのトランペットを聴いて「うわー、これかっこいいなー」と。それからジャズを聴き始めた感じです。当時はホームセンターとかで、いろんなジャズの偉人たちのCDが500円ぐらいで売ってたんですよね。そういうのを買って聴いてみたりしてたとき、不意にマイルス・デイビスに出会って大衝撃を受けました。ミュート・トランペットの音も初めて聴いたし、世の中にこれほど心を揺さぶる音があるのか、ってビックリしちゃって。
━━ジャズの中でも特にハマったのはマイルスだったんですか?
U-zhaan:そうですね。マイルスだけが好きだったわけではないですけど、やっぱりマイルスってかっこいいなとはずっと思ってましたし、今でもそう思ってます。あと、当時の僕はジャズを好きなのと同じくらい、本を読むのが好きだったんですよ。なのでジャズについて書かれている本も色々読んでいたんですけど、とにかくどれを読んでもジャズ界の最重要人物としてマイルスが登場するんですよね。もしかしたら、そういう文字情報からマイルスに傾倒していった部分も多少はあるかもしれません。
━━ジャズが好きで本の虫とは、かなりの文系少年だったんですね。
U-zhaan:本ばっかり読んでるから、ジャズを聴くのに直接必要のない周辺情報にまで詳しくなっていっちゃうんですよね。正しいマティーニのレシピとか。「マティーニはドライであればあるほどいいのである」なんて言われてもビールすら飲んだことのない中学生には全く意味がわからないんだけど、無駄な知識がつい入ってきてしまう。当時の僕には、ジャズ好きな人たちの書いていることが全部かっこいいような錯覚があったんですよ。ジャズメンの伝記本とかも読んだりしてたな。マイルスの伝記 (※) って読んだことあります?
※「マイルス・デイビス自叙伝 I」「同 II」(宝島社・1990年/2015年に「マイルス・デイヴィス自伝」としてシンコーミュージックより復刊)
━━最高ですよね。
U-zhaan:めちゃくちゃ面白いですよね。そして、あれを読むと「何があっても麻薬に手を出すのはやめよう」と思う(笑)。麻薬がどれほど危険な物なのか、誰にもいい影響を及ぼさないのかということがずっと書かれていて。Charlie Parkerの話なんかも重いですよね。麻薬さえなければよかったのに、みたいな気持ちにさせられます。
━━マイルスで特に好きなアルバムを教えてください。
U-zhaan:5枚選ぶとすれば、さっき出た『Someday My Prince Will Come』と『’Round About Midnight』。あとは『Relaxin'』(1958)、『Kind of Blue』(1959)。うーん、もう1枚は『Doo-Bop』(1992) かな。基本的には初期の音が好きなんですけど、ラストアルバムがラッパーとのコラボだっていうのが凄いなと思ってて。最後の瞬間まで未来に向かう姿勢を感じるし、なにより、今聴いても普通にかっこいいし。
U-zhaan:マイルスといえば、ちょっと前に「マイルス」っていうジャズ喫茶があるのを世田谷区で見つけて、入ってみたんですよ。すごく古そうなお店で、80も近いかと思われる高齢の男性が淡々と営業してる感じでした。「何かリクエストありますか?」って聞かれたから、やっぱり『Someday My Prince Will Come』をかけてもらった。なにしろ店名が「マイルス」なんだから、一番好きなマイルスのアルバムをリクエストするべきだろうと思って。枯れた音のスピーカーから大音量で流れるマイルスは素晴らしくて、もうこれから通い詰めようかなっていう気持ちになり、思い切って高いウイスキーのボトルも入れて。それで、「マスターは、マイルスのアルバムではどれが好きですか?」って少し緊張しながら聞いてみたんです。そしたら「いやー、元々ここは姉の店で、僕はジャズとか全くわからないんですよ」って言われて。めちゃくちゃ驚きましたね。俺、ボトル入れちゃったじゃん、って。でも後で調べたら、お姉さんが亡くなって一度お店は閉めたんだけど、ぜひ続けてほしいという常連たちからの熱い要望を受け、ジャズに興味のない弟さんが頑張って再オープンしてくれたんだってことを知りました。

━━今のU-zhaanさんが特に探していたり、ハマッているジャンルはありますか?
U-zhaan:正直なところこの数か月は、いろんな方向に音楽を掘っていくっていうモードでは全然ないんですよ。去年の12月にザキール・フセイン先生が亡くなってしまって、それ以来ほぼずっと先生の演奏を聴いています。もうライブを観ることもできないし、新作が発表されることもない。でも僕の手元には、先生が演奏してる音源が一生かかっても聴ききれないぐらいあることに気付いて。それを聴かないでどうするんだ、って気持ちになってるところです。
━━生前と亡くなられた後で、先生の音楽の聴き方、聴こえ方は変わりましたか?
U-zhaan:そうですね。ザキール・フセイン先生は僕の師であると同時に、僕にとってはアイドル的な遠い存在でもあったんです。もちろん今でもそうなんですけど、亡くなられたあと、それとはまた別の感じで、先生がいつも側にいてくださるような不思議な感覚もある。亡くなったこと自体はとても悲しいし、もうお会いできないなんて信じられないんだけど、なぜか前よりも身近に感じられる瞬間があるというか。そういう今まで感じたことのない感覚があるうちに、先生の音楽をもっと聴きたいなというのがあります。

Interview Part 2: U-zhaanとインド
━━お持ちのレコードコレクションの半分はインド音楽だと仰いましたが、それはどのように集めたんですか?
U-zhaan:1999年ぐらいにシタール奏者の友人から、「インド・コルカタのGramophoneっていうレコード会社の工場をたまたま訪れたら、レコードの在庫がデッドストックで大量に保管されているのを見つけた」って連絡が来て。で、もう全部廃棄するとこらしいから今のうちに買っとく?って聞かれたので、「とりあえず良さそうなのを手当たり次第に買って送って欲しい」ってお願いしました。まあ、当時はそんなにお金もなかったしインドからの送料もかかるので、結局インド古典音楽に絞って200枚くらいになりましたけどね。インドのポピュラー音楽や映画音楽もいっぱいあったらしいから、余裕があればそっちも欲しかったんだけど。きっと残りは全部棄てられちゃったんだろうな。当時はレコード工場の人もレコードが売れる時代がまた来るとは思ってなかったでしょうけど、今考えるともったいないですよね。
━━今のインドのレコード事情はどんな感じなんですか?
U-zhaan:昔は、現地でインド音楽のコンサートに行くと、街のCDショップみたいなのが出店していてCDやカセットテープが売られてました。最近はもうCDが全く売れないので、チャイや軽食の店みたいなのしか出てなかったんですけど、今年ムンバイでコンサートを観に行ったら、なんと中古レコード屋が出店してたんですよね。インド古典音楽のレコードがいっぱい並んでて、盤も思いのほか綺麗で。店主は僕と同じ年くらいで、お年寄りの家とかに買い付けに行って仕入れてるって言ってました。せっかくなので、僕もザキール・フセイン先生のレコードを買って帰りましたね。持っているレコードだったんですが、まあ2枚持ってもいいかなと。街中にレコード屋があるっていう話はあまり聞かないですね。今、インドのカルチャーの発信地は間違いなくムンバイだと思いますが、そのムンバイでも見かけたことはないです。まあ、インドではタブラのレッスンを受けたり楽器を作りに行ったりで意外と忙しくて、街をゆっくり探検するような余裕はないから正確なところはよくわからないんですが。
━━レコードの値段はどのくらいでしたか?
U-zhaan:僕が買ったのは1枚3,000円くらいしたかな。昔、工場のデッドストックを買ったときは1枚150~200円くらいだったから、中古でも10倍以上になってますね。
━━逆に、今のインド音楽の配信事情はどんな感じなんですか?
U-zhaan:聴きたいインド音楽で自分のハードディスクがいっぱいになっちゃってるぐらいだから、配信でインド音楽を探すことってあんまりないんですよね。だからよく知らないところはあるんですが、たまにインド音楽の演奏家の名前で検索をかけてみたりすると、配信されている音源はだいぶ増えてきてる印象があります。ただ、もう版権がどこにあるのかもわからないみたいな音源がインドには多いので、日本みたいになんでも聴ける状況には全然なっていないですね。
━━今、インドではどんな音楽が人気なんですか?
U-zhaan:みんな、どういう音楽を聴いてるんでしょうね? 以前は現地の大手CDショップとかに行けば、ヒットしてる音楽のCDが試聴機とかに並んでたからだいたいの状況がわかったけど、今はそういう店自体がないから確認できないんですよ。だから20年ぐらい前の話になっちゃいますけど、当時は一般的にアメリカでヒットしてるものがインドでも人気がありました。あとはインドの映画音楽。それらとは別の方向性だと、なぜかRichard ClaydermanやKenny Gみたいなインスト系とか、Deep Forestみたいなニューエイジ的なものも結構流通してましたね。今はどんなものが人気かちょっとわからないけど、ヒップホップを聴いている若者は多いような印象があります。
━━やはり欧米からの影響は強いんですね。
U-zhaan:そうですね。でも、欧米のまんまの形で表現することはあまりない気がします。たとえば韓国のポップミュージックって、もちろん独自な部分はありますけど、サウンド的には割と欧米メソッドですよね。インドの場合はメロディーがラーガ的な音階だったり、タブラやドーラクといった伝統楽器の音が入っていたりとか、なんらかの自国の要素を加えた音楽になっていることが多いです。
━━ということは、インドの人々にとってのインド古典音楽というのは、日本人が日本の伝統音楽に触れる感覚よりも身近なものなんですか?
U-zhaan:もう少しポピュラリティがあると思いますよ。今もインドで楽器を習うっていったら、ピアノやギターよりタブラを習ってる人の方が多いですし。日本だったら琴や三味線を習ってる子どもより、ピアノを習ってる子の方が圧倒的に多いじゃないですか。インドのポップスシンガーなんかも、最初はインド古典声楽を習っていたような人が多い。さっきも言ったとおり、ポピュラー音楽のメロディーにも古典音楽の節回しが普通に出てきたりするので、古典音楽の素養がある人が評価を受けやすいのかもしれない。
━━せっかくの機会なので、インド古典音楽の入門にオススメの作品を3つ教えてください。
U-zhaan:Spotifyにあるものの中から選べばいいかな? じゃあやっぱりシタールは欠かせないのでPandit Nikhil Banerjeeの『Malgunji 1980』はどうでしょうか。タブラを叩いているのは、僕のもう1人の師匠であるAnindo Chatterjee先生です。
U-zhaan:あと、バーンスリーという竹笛の音色が好きなんで、Rakesh Chaurasiaの『ZaRa』も聴いてみてほしいかな。このアルバムのタブラ伴奏はザキール・フセイン先生。インド古典音楽としては、これがザキール先生による最後のリリース作品かもしれません。
U-zhaan:もう一枚は声楽にします。Kaushiki Chakrabarty『Swar Sadhna』。インド古典音楽って、やっぱり声楽が中心にあるんですよ。
━━ありがとうございます。ぜひ私も聴いてみます。ところで、レコードにはオリジナル盤が珍重されるような“ヴィンテージ”という概念がありますが、タブラにもそういう価値観は存在するんですか?
U-zhaan:ないですね。タブラで一番大事なのは打面の皮で、それは徐々に劣化していってしまうものなんですよ。なので、やっぱり出来上がった瞬間が一番いい音だとされています。ボディの木も古いほどいいっていうものでもないみたいで、年月が経つとヒビが入ってしまうものも多いです。なので「これは1930年代のヴィンテージで」みたいなことはないんじゃないかな。少なくとも僕の知る限りでは。だから、鳴らすごとに音質も価値も上がっていくようなヴィンテージ・ギターとかへの憧れはありますね。
━━タブラ界にも、ギターのFenderやGibsonのような有名ブランドはあるんですか?
U-zhaan:Gibsonほどの有名さはないけど、人気のメーカーは存在しますよ。僕が使ってるタブラの大部分は「HARIDAS R. VHATKAR」っていうメーカーの楽器で、他のメーカーに比べて値段はだいぶ高いけど音質がいいです。他にもコルカタの「RHYTHM」や「NARAYAN」、デリーの「Qasim Khan Niyazi & Sons」やプネーの「Somnath」など、有名なメーカーが北インド各地に点在してます。

━━インドというとアーユルヴェーダや医食同源のイメージがありますが、インド古典音楽を演奏する上では、食への意識も重要とされていたりするんですか?
U-zhaan:それは人によりけりですね。日本でもすごく摂生しているミュージシャンもいれば、ほとんど酒からしか栄養を摂っていないみたいな人もいるじゃないですか。インドの音楽家もそれと同じで、敬虔なベジタリアンもいれば、肉食べ放題みたいな食生活を送っているミュージシャンもいると思います。
━━U-zhaanさんはインド滞在中の食事はどうされてますか?
U-zhaan:僕はほぼ外食ですね。インドで自炊はしていないです。毎日、基本的にはインド料理を食べています。僕が滞在しているのは都市部なので中華でもイタリアンでも何でもあるとは思うんですが、やっぱりカレーを食べてるのが圧倒的にリーズナブルなんで。昔は「何を食べてもカレーの味だな」って飽き飽きした時期もありましたけど、今はインド料理だけで全然大丈夫。まあ、インドに到着して3週間も経つと急に他の味を体が求めてきたりもしますけど。でも、現地で食べるインド料理ってやっぱり美味しいですよ。タブラを始めたことにより、インド料理に出会うことができて本当によかったなと思ってます。もしインド料理が好きなら、ぜひインドに行ってみてください。
━━私もここ数年インド料理にハマッてるので、ぜひ行ってみたいですね。都内で本場に近い味が楽しめるお店はありますか?
U-zhaan:いつも同じ回答になっちゃうんですけど、祖師ヶ谷大蔵にある南インド料理店「スリマンガラム A/C」と町屋のベンガル料理店「プージャー(Puja)」ですかね。この2軒はやっぱり外せない。ELLA RECORDSさんの店舗がある幡ヶ谷には「タンジャイミールス」がありますよね。(ELLA RECORDS VINTAGEに近い)下北沢だと「ANJALI」は安定した美味しさがある。本場に近い味、という質問からはズレてしまうかもしれませんが、「茄子おやじ」のカレーは美味しい。「般゜若(ぱんにゃ)」のカツカレーも好きですね。
━━有益な情報をありがとうございます(笑)。インドにまつわる貴重なお話を色々と伺えて楽しかったです。それでは締めの質問ですが、U-zhaanさんにとって“良いレコードショップ”とは?
U-zhaan:店主と気が合うレコード屋じゃないですかね。レコードを選んでるときに話しかけられるのが嫌な人も多いだろうけど、僕は店の人とお話をするのが全然嫌いじゃないです。
━━初めてのお店ではU-zhaanさんから積極的に話しかけるんですか?
U-zhaan:僕からは話しかけないですね。でも僕はレコード屋に限らず、人からやたらに話しかけられるタイプです。
━━X(旧Twitter)とかでU-zhaanさん=面白い方っていうイメージがあるから、それは話しかけられますよね(笑)。
U-zhaan:いや、僕は全く面白くない人間ですよ。もしそんなイメージがあるんだとしたら、それは嬉しいことですけど。