#011 - 原田郁子(クラムボン)の“いま欲しい5枚”
WHAT'S IN YOUR CART?

#011 - 原田郁子(クラムボン)の“いま欲しい5枚”

レコードを愛するゲストを毎回迎え、ELLA ONLINE STOREのラインアップから“いま欲しい5枚”を選んでもらうインタビュー・シリーズ“WHAT’S IN YOUR CART?”。

今回は、クラムボンのメンバーとして、ソロアーティストとして、圧倒的な歌とピアノで音楽ファンを魅了し続けながら、多彩なコラボや楽曲提供などでも八面六臂の活躍を見せる原田郁子さんにお越しいただきました。

ELLA RECORDS VINTAGEに入店するやいなや、嬉々とした様子でレコードを選び始めた原田さん。目に留まったレコードを次々と棚から抜き出してはジャケットを眺めたり、曲目をチェックしたり、スタッフに質問したり。テーブルに積み上がっていくレコードたちを前に大いに悩みながら、最終的には「ここのサウンドシステムでオリジナル盤を体験してみたいレコード」というテーマを定め、これまで愛聴してきた作品を選んでくれました。

自らアンプのボリュームやバランスを調整しつつ、心から楽しそうに試聴する様はまさに天真爛漫で、見ているこちらも嬉しくなってしまうほど。5枚を選び終えた原田さんは、「今日ここに来ることができて、色んなことが洗い流された気がします」と、とても喜んでくれました。

原田郁子の“ここで聴きたい5枚”

①Roberta Flack & Donny Hathaway / S.T.(1972)US original/Promo

Roberta Flack & Donny Hathaway / S.T.(1972)
原田
まずはRoberta FlackとDonny Hathawayのデュエット・アルバム。言わずと知れた名盤ですね。先ほど「You’ve Got a Friend」を聴かせてもらいましたが、いやぁ、嬉しかったです。イントロのエレピの音が夢のようで。Roberta Flackの声もさることながら、Donny Hathawayの声が♪Huh〜って出てきたときの、ヴィブラート……。スピーカーから本人が出てくるんじゃないかというくらいの立体感でした(笑)。

2人とも鍵盤を弾きながら歌うミュージシャンで、ピアニストとしてもボーカリストとしても大好き。この曲には特に思い入れがあって、クラムボンのメンバー3人で初めて演奏した曲なんです。その時、歌と歌の合間の間奏パートで、ぐんぐんフリーになっていって、楽器で会話してるような感覚があったんですよね。その演奏がきっかけとなって……今に至る。 一気に飛びましたけど(笑)。でもやっぱりその最初の時の感触が良くなかったら、ここまで続けられていないんじゃないかって、そんなふうに思うんですよね。

あと、こちらもインタビューで話したことがあるエピソードではあるんですが、初めて福岡の実家に帰省した時に、このアルバムのカセットを聴いてたんです。そしたら母が入ってきて、「この曲懐かしい」って。「え?知ってるの?」って聞いたら、好きな曲だったって。「いつごろ聴いてたの?」って聞いたら、私が生まれる前から、お腹にいた時も好きで聴いていたと言って、実家のレコード棚からこのレコードが出てきたんです。「えーーー」ってびっくりしました。好みが全然違う親子が好きになるのだから、なんてすごい曲なんだって、そういう意味でもびっくりしました。

②Nina Simone / Here Comes The Sun(1971)US original

Nina Simone / Here Comes The Sun(1971)
原田
ここにはオリジナル盤がたくさんあるということだったので、Nina Simoneを聴かないわけにはいかないなと。「Mr. Bojangles」がはじまって、じわっと涙が出てきました。レコードに針を落として、音が鳴って、この部屋全体が揺れている。「なんて気持ちいいんだろう!」って。こういう、演奏も録音も楽曲もいいアルバムは、どんな環境で聴いてもいい。素晴らしいんです。でもこのムッチリした肉厚なサウンド、ボーカルを味わえるというのは……たまらないですね。お持ちのアルバムを順番に全部、聴かせてほしい。そういう会を開催してください、ぜひ。

③Judee Sill/Heart Food(1973)US original

Judee Sill/Heart Food(1973)
原田
このアルバムからは「The Kiss」を聴かせてもらいました。うーん、空気が変わりますね。彼女の繊細さがより迫ってくる。ストリングスが入ってくるところで、体がふっと浮くような、そんな感覚がありました。

Judee Sillの存在は、ミトくんに教えてもらって知りました。Jim O’Rourkeさんがミックスした『Dreams Come True』(※) というアルバムが発売された頃、ミトくんがタワーレコードの店内で流れていた音源を聴いて、衝撃を受けたんだそう。のちに、クラムボンで「That's The Spirit」をカヴァーさせてもらいました(アルバム『LOVER ALBUM』に収録)。もうすぐJudee Sillのドキュメンタリー映画が公開になるということで、最近またよく聴いています。

※サード・アルバム用に生前レコーディングされていた未発表音源をJim O’Rourke氏がミックスし、米国の再発レーベルWaterから2005年に初蔵出しされた。

④Thelonious Monk / Solo Monk(1965)Mono/US original

Thelonious Monk / Solo Monk(1965)
原田
オリジナル盤となると、どうしてもベーシックなアルバムを選びたくなってしまいます。自分を変えた人、一番好きなピアニスト、今に繋がるきっかけになったミュージシャン。モンクの存在は、やっぱり大きいですね。

鍵盤を叩くタッチ、筆圧の高さが、ガーーン!とダイレクトに伝わってきて、なんかもう、スピーカーから飛沫があがってるような、汗がほとばしっているような音でした(笑)。モンクの演奏には、この人にしかないリズム、リズムの中に細かい模様とか、色彩が隠れているみたいな、サイケデリックな何かを感じます。特に、一人でピアノを弾いている時のモンクは、途轍もなく深いところにいるような、自由さを感じて嬉しくなる。そしてこのジャケットのかっこよさ! レコードだからこそ、ですね。

⑤細野晴臣 / S・F・X(1984)JPN original

細野晴臣 / S・F・X(1984)
原田
細野さんのアルバムは他にも何枚かあって、迷ったのですが、1曲目の「BODY SNATCHERS」をここで聴いてみたくて、選びました。もう、パカーンと目が覚めました。とんでもない音でしたね(笑)。音のぶ厚さ! ずっとわくわくしてました。音がいろんな方向から飛び出してきて、体が勝手に踊りだす。これはもう、配信で聴くのと、大きな音をスピーカーから浴びるのとでは、体感というのが、全然違いますね。

改めて、細野さんの音楽は、ひとつひとつの音が革新的で、ユニーク。遊び心に溢れてる。今、角銅真実さんとやっている「くくく」と、細野さんのお孫さん、悠太さんがやっている「シャッポ」と5人で、細野さんのライブをサポートさせてもらっていて、すごくおもしろいです。ライブで「BODY SNATCHERS」を演奏したのですが、やっぱりこのオリジナルバージョンが一番キレてます。

Interview: 原田郁子とレコード

━━レコードとの出会いを教えてください。

原田:幼少期は、アニメの主題歌集や、「みんなのうた」のレコード、あと、『魔法使いの弟子』っていうレコードを聴きながら絵本が読めるものがあって、大好きで何度も聴いていました。初めて買ったレコードは、お年玉で買った松田聖子さんの「天使のウィンク」(1985) です。

━━その後、本格的な音楽の目覚めはいつ頃でしたか?

原田:うーん。目覚めというのはいつだったんだろう。小6の時に転校して、そこから音楽の聴こえ方が一気に変わったような気がします。入り込んでくる深さが変わってきたというか、音と言葉が入ってくるようになった。最初はやっぱり流行っているものを聴いてみる。THE BLUE HEARTSや忌野清志郎さんのTHE TIMERSに衝撃を受けて。だんだん能動的に、音楽にのめり込んでいく。

━━自分で意識的にレコードを買うようになったのはいつ頃ですか?

原田:高校に入って、アルバイトをするようになってからですね。当時、福岡の天神にあった中古レコード屋に通うようになりました。

━━それと併行してピアノの演奏にも打ち込んでいたんですか?

原田:いえ、その前にピアノはやめちゃってました。やる気みたいなものが何にも持てなくなって。だけど、高1の時に、Thelonious Monkを初めて聴いて、衝撃を受けて。それで、レコード屋をまわって、1枚ずつ買って、何度も何度も聴きました。今日選んだ『Solo Monk』と『Thelonious Alone in San Francisco』は、自分にとってやっぱり特別なアルバムです。モンクのピアノは、同じことを弾けるかと言われると、とても真似できるものではないんですけど、でも、自分も自分のピアノを弾いてみたい、って思わせる何かがあるんですよね。

━━それでまたピアノを始められたと。それはモンク様様ですね。

原田:そうですね。高校を卒業して、上京して、音楽の専門学校に入って。

━━そこでクラムボンのお二人と出会ったわけですね。

原田:はい。今も福岡が好きですし、帰るとホッとするんですけど、あの時は、切羽詰まっていたというか。これしかないってジャズ科に入ることにしました。最初に住んだのは女子寮だったんですけど、櫛引彩香さん、空気公団の山崎ゆかりさんも一緒でした。寮の中に和室のだだっ広い視聴覚室があって、ポツンとステレオが置いてあって、そこで時々櫛引さんと、お互いが持ってるレコードを聴きあったりしました。「早く出たいね」「ほんとだね」って言いながら。

━━ジャズ科に入ったということは、当初はジャズの道に進もうと?

原田:だったんですけど、早々に壁にぶつかってました。全然思うように弾けなくて。そんな中でだんだん、Roberta Flack、Danny Hathaway、Carole King、Nina Simone、Tom Waits、歌いながらピアノを弾く人のピアノが好きだなって気がついて。それで伊藤大助くん、ミトくんに、「You’ve Got a Friend」っていう曲をやってみたいんだけど、と声をかけました。

━━そういう学校だと、レコードが好きな人も多かったでしょうね。レコードにまつわる当時の思い出はありますか?

原田:一つ上の学年にハナレグミのタカシ(永積崇)くん、同じクラスに今SOIL&"PIMP"SESSIONSでサックスを吹いている栗(栗原健)、SUPER BUTTER DOGのメンバーだったトモヒコ(TOMOHIKO)、他にも面白い人たちがいて、お金がないのでレコード、カセット、CDの貸し借りをよくしてましたね。誰かのうちに遊びに行くと、まずレコード棚を見たり。本棚同様、人となりが見えてくるから面白い。

専門学校を卒業して、渋谷のBunkamuraの地下にあった本屋でアルバイトをしていたので、バイトの行き帰りに、HMV、タワレコ、小さいレコード屋をよく回ってました。フィッシュマンズの『宇宙 日本 世田谷』が新譜で出た時、ズラッと並んでる光景を覚えていて、なんてかっこいいジャケットなんだって。このELLA RECORDS VINTAGEがある辺り、下北から池ノ上のあたりを歩いていると、今も佐藤さんの気配がします。道端で時々会うことがあって、閉まってる店のシャッターの前に座ってタバコを吸ってたり、バイクを停めていたり。「あ、佐藤さん」「おぅ」「新しいアルバム、すごい聴いてます」「ありがと」そんな短い会話をしたこともあり、自分にとってはそういう場所なんです。

━━原田さんにとってレコードというメディアはどんな存在ですか?

原田:やっぱりずっと憧れですね。CD、MD、iPodってメディアが出てくるごとに、聴く方法が変わって、今はサブスクやYouTubeで音楽を楽しめて、だけどレコードは音としても存在としても、揺るがないものがありますね。今は今ですごく便利で早いけど、音を聴く前に、再生回数とかフォロワー数が目に入ってきちゃう。数字が先にあるっていうのが、本当は苦手。ジャケットを見た瞬間、「好きかも」ってアンテナがピンと反応してる感じ。ああいう前情報がない時の感じが、やっぱり好きなんですよね。それで「あー、そうでもないな」ってなったり、「わ、めちゃいい」ってなったり。そういう直感的な出会い方が好きですね。あとは、時間が入ってる。うん、これはもうほんとに大きいですよね。ジャケットがボロボロだったり、盤に傷が入っていたり。ノイズ、汚れがあることが、嬉しい。

━━それではクラムボンの作品がレコード化された時は感慨深かったんじゃないですか?

原田:そうですね、本当に。「念願の、ではなくて、悲願のアナログ化」と言っていました。2019年、デビュー曲の「はなれ ばなれ」から「パンと蜜をめしあがれ」「シカゴ」「サラウンド」を7inchにしてもらって、アルバムも『JP』から順にアナログ化してもらうことができて。来年1月には、クラムボンのカヴァー集「LOVER ALBUM」「LOVER ALBUM2」をアナログリリースできることになりました。本当に嬉しいです。

━━現在もレコードショップにはよく行かれますか?

原田:そうですね。今年の夏、ロンドンに行った時に、コインランドリーで洗濯してる間、ぶらぶらしてたら、小さなレコード屋があったんです。パッと見たら、レジの後ろ、店員さんの頭上に一枚、アフリカンミュージックのレコードが飾ってあって、まっすぐ入っていって、「試聴できますか?」って聴くと、お店のスピーカーで流してくれました。鳴りはじめてすぐ、「これは好きだ」ってなって、購入しました。時間にして、どのくらいだったんだろう。吸い寄せられるように、出会いました。その時、細野さんのキャップをかぶっていたんですけど、店員さんが「コンサート観にいくよ」と話してくれて。パートナーはバンドをやってる日本人の方で、メッセージのやりとりをして、後日会うことができました。そういう出会い方って、いいですよね。

━━いま所有しているレコードの枚数は?

原田:えー、わからない、数えたことがないですね。ほとんど全部、実家にあって、東京の家にはバンドのレコードと、二階堂和美さんの新譜しかないんじゃないかな。7inchでリリースされたんですが、お手伝いさせてもらっていて。二階堂さんの歌声、音、レコードで聴くとさらに素晴らしいので、ぜひ聴いてみてほしいです。

━━今日はあえてオリジナル盤だけを選ばれましたが、普段レコードを買う際にオリジナル盤へのこだわりはありますか?

原田:ないんですけど、好きなアルバムを何枚か持っていて、聴き比べたり、ジャケットの写真の色の違いを比べたり、そういうことはしたことがあります。普段は配信で聴くことも多いので、レコードっていうのは、「よし、好きな音楽きくぞ」ってなる、音楽鑑賞というか、ちゃんと聴きたい時の、贅沢なものです。今日は、ここのオーディオシステムでオリジナル盤を聴かせてもらって、改めて、音って空気が震えているんだなって。自分は、細かいところにフォーカスしていくより、空間として認識する、そんなふうにして音楽を聴いてきたのかもしれないって思いました。

━━原田さんにとって“良いレコードショップ”とは?

原田:入った時にワクワクする、「好きなレコードありそう」って思わせてくれるお店かな。10代の頃、試聴させてもらって、いろんな音楽を知ることができたので、そういう出会いの場であり続けてほしいです。

Interview & text: Mikiya Tanaka (ELLA RECORDS)
Photo: KenKen Ogura (ELLA RECORDS)

Interview location: ELLA RECORDS VINTAGE
Furniture design & production, Interior coordination: "In a Station"
Special thanks to: Satoshi Atsuta

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原田郁子

1975年福岡生まれ。1995年にミト、伊藤大助と3ピースバンド「クラムボン」を結成。歌と鍵盤を担当。バンド活動と並行して、ソロ活動、さまざまなミュージシャンとの共演、共作、舞台音楽、執筆、ドローイングなど活動は多岐に渡る。吉祥寺「キチム」の立ち上げに関わる。これまでにソロアルバム『ピアノ』『気配と余韻』『ケモノと魔法』『銀河』、2023年に詩人・谷川俊太郎との共作曲「いまここ」、アルバム『いま』を発表。バンド「フィッシュマンズ」、角銅真実とのユニット「くくく」としても活動している。