レコードを愛するゲストを毎回迎え、ELLA ONLINE STOREのラインアップから“いま欲しい5枚”を選んでもらうインタビュー・シリーズ“WHAT’S IN YOUR CART?”。記念すべき初回は、3人のゲストをお迎えした豪華3本立てでお届けします。
2人目は、DJとしてはもちろん、プロデューサー、選曲家、ライターなど、様々な立場からジャズやレコードの魅力を発信し続ける大塚広子さん。ヴィンテージ・レコード・ショールーム“ELLA RECORDS VINTAGE”のラックをじっくりと眺めたり、試聴したりしながら、大塚さんならではの5枚を選んでくれました。女性ジャズ・ミュージシャンへのシンパシーや、二児の母としての視点も盛り込まれたレコード談義もお楽しみください。
Interview & text: Mikiya Tanaka (ELLA RECORDS)
Photo: KenKen Ogura (ELLA RECORDS)
Furniture design & production, Interior coordination: "In a Station"
Furniture cooperation: "BULLPEN"
Special thanks to: Satoshi Atsuta
DJ大塚広子の“いま欲しい5枚”
①Alice Coltrane/Ptah, The El Daoud (1970) US盤
最近の私は、昔とはまた違った角度で音楽に接していて、女性アーティストだけのコンピレーションCDをリリースしたり(“Music for The Room + CORE PORT Jazz by Hiroko Otsuka”, 2022)、女性のジャズを色々探すっていうのをやってるんですね。Aliceは今はもうかなり値段が上がってますよね。昔は彼女のレコード結構買ってたんですけど、なぜか売っちゃって・・後悔してます。でも、Aliceは当時と今とでは評価のされ方がまったく違うだろうし、彼女がやってきたことがようやく時代に合ってきたんだっていう感じがするから、嬉しいですね。このアルバムは、彼女の作曲センスが際立ってると思いますし、彼女の色んなエッセンスが凝縮されてる気がします。当時、こういうことを堂々とやっていたところも含め、改めて「Alice、凄いよね」って思います。
②Terri Lyne Carrington/TLC and Friends (1981) USオリジナル
Terri Lyne Carringtonは以前、インタビューに関わらせていただいたことがあったんですけど、最近も女性作曲家のコンパイルをやったり(“New Standards Vol.1”, 2022)、バークリーでの学部創設(編集者注:2018年にバークリー音楽大学内にBerklee Institute of Jazz and Gender Justiceを創設)のこととかも含めて、すごく影響を受けてきた人なんです。そんな彼女のプライベートレコードはちゃんと持っておかないとな、と。なんかプライベートプレスの作品って、色々と調べれば調べるほど、メジャーでやってるのとは力の入れ方が全然違うんですよ。そこから出る音とか、レコードの匂いとか、プライベートプレスっていう存在そのものが私は大好きなので、これはレコードで欲しいですね。メンバーもいいですよね。Buster Williams (b)は大好きだし、Kenny Barron (p)もいるし。
③高瀬アキ・トリオ/Song for Hope (1982) 日本盤
このアルバムはベルリン・ジャズ・フェスティバルでのライヴ録音なんですけど、特にA2 “Song for Hope”は、曲の良さはもちろん、ちゃんとライヴ感がありつつも、静けさや集中力、リリシズムが感じられて、グっとくるんですよ。ここまでそれが両立されてるものはなかなかないと思います。長い曲だけど、リスニングバーでかけるとみんな素晴らしいって言ってくれますね。ずっと集中力をキープしながら、最後にワーッと感情が湧き上がる感じが、聴いてる人にも伝わるんだと思います。
④Roy Haynes/闘牛 (1975)日本盤オリジナル
これはずっと欲しいと思っていたレコードなんですよ。日本のレーベルの企画アルバムなんですけど、プロデュースされた中村照夫さんには10年ほど前にお会いして、色々お話を聞いたことがあって。でも、一生懸命ネットで探したりするんじゃなくて、いつか店で出会えたら欲しいなと思ってて。そういうレコードってあるじゃないですか。前に浜松のジャズ喫茶に行ったときに、このインパクトあるジャケットがドンと飾ってあって、「そういえばこれ、まだ持ってないな」って思い出したりしてました。私、海外ミュージシャンの日本企画盤は昔から集めてて、今みたいに値段が高くなる前から地方で探したりしてたんですよ。でも、これにはまだ出会えてないですね。
⑤Billy Harper Quintet/Destiny Is Yours (1990)オランダ盤
Billy Harperはもう大好きで。一番好きと言ってもいいくらいです。この人ってずっとスタイルが変わらないんですけど、行き過ぎず、ある程度抑制された中で自分のエネルギーや強さを出せる、その世界観が魅力なんです。この作品は、クインテットとしては、多分リアルタイムでレコードがリリースされた最後の作品だと思います。このくらいの年代は、もうCDが主流だから、レコードは貴重なものが多くて。Billy Harperは、“Blueprints of Jazz”っていうAmiri Barakaが参加してる2008年のCDがあるんですけど、それもいいんですよ。だから、2000年代以降の作品もレコードで出してほしいなって、ずっと思ってます。
Interview: DJ大塚広子とレコード
━━レコードとの出会いを教えてください。
大塚:親が熱心に音楽を聴くような家庭で育ったわけではないので、本格的な音楽との出会いは、ファッションに興味を持ち出した中学生くらいでした。ファッション誌にクラブスナップみたいな写真とか、とあるクラブのDJチャートみたいなのものが結構載ってたんですよ。それで、クラブやDJの存在を知って。私の実家は千葉の方なんですけど、柏にディスクユニオンがあったので、そこに行けばレコードが買えるんだって。
とりあえずレコードサイズの大きいショッパーを持ちたかったっていうところが入り口だったと思います。当時は、パンクとファッションが繋がっていたので、新宿のパンク系のレコード屋さんの袋を持ちたいとかって思ったり(笑)。
でも、最初は音楽のことはまったく知らないから、何を買えばいいのかわからなくて。だから、とりあえず安いものを探して、中古の12インチを買ったと思います。Soul II Soulとか、当時すごく安かった80年代後期のEarth, Wind & Fireとか。その辺をよくわからないまま買ってみた感じでした。でもなぜかそれは今も持ってるんですよ。ブラックミュージックへの最初の勘が合っていたみたいで、面白い出会いでしたね。
クラブは、最初は新宿MILOS GARAGEの“LONDON NITE”とかに行ってました。その後はInkstickとか、Organ barとか。特にDJになりたいって思ったわけではなくて、私は音楽を仕入れる場所がクラブだったので、DJの人たちに曲を教えてもらったりしてる流れで、なんとなくターンテーブルを2台買って、ミックステープを作って・・みたいなところから始まって、なんとなくDJをやらせてもらうようになった感じです。本当にただの趣味でしたね。
━━ジャズとの出会いはどのように?
大塚:最初はパンクとかを聴いてて、ラジオで聴いたMarvin Gayeにすごく心を動かされてからソウルも好きになりました。あと、当時ヒップホップも流行ってきてたから、それも聴くようになって。ジャズに目覚めるのはもっとずっと後の話ですね。ジャズ・ファンク系とか、例えばHerbie Mannのフュージョン期のようなものは買ってましたけど、ジャズコーナーは、廃盤コーナーもあるし、並びも楽器ごとでよくわからないし、お客さんの意識も高そうだから怖くて(笑)。だから、ジャズもヒップホップの流れで好きになっていった感じですね。私はアンダーグラウンド・ヒップホップも好きだったんですけど、DJをやっている中で、アングラ・ヒップホップの感覚とスピリチュアル・ジャズとかマイナーなプライベート・ジャズの感覚って完全に同じじゃんって思ったんですよ。あと、DJ目線だけじゃなく、いちリスナーとしても、プライベート・レーベルから出てるジャズが放つ力強さだったり、孤高さだったり、寂しさ、悲しさ、そういうものが入り混じったような、なんていうか“普通の状態じゃない感じ”に圧倒されちゃって。「うわ、これはすごいな」ってガツンとやられちゃったんです。だから私は、Blue Noteとかハードバップとか、ジャズの教科書的なところは最初は通らずに、いきなりTribeとかからハマッていきましたね。
━━最近は女性のジャズを意識的に探してると仰いましたよね?
大塚:そうですね。昔は、現場でのDJがメインの活動だったので、自分の音をひたすら求めてきました。でも執筆をするようになって、例えば昔DJで人気だったレコードの再発とか、Nubya Garciaのような現行ジャズシーンの女性アーティストのライナーノーツを担当させてもらったのがきっかけで、その作品の背景を調べていくと、どんどん分かってくるんですよ。今海外で女性ミュージシャンを取り巻く環境がいかに充実しているかっていうことや、当時の女性ジャズ・ミュージシャンが男性主体の世界の中でやっていくのがいかに凄いことだったのかっていうことが。Betty CarterとかMary Lou Williamsとか、あの当時に自分でレーベルを立ち上げて、自らレコード屋さんを回ったりするって、並大抵のことじゃないなって。自分も出産を機にそういうことがやっと分かってきたっていうか。自分だけの力じゃどうにもならないことっていうのがどうしてもあるから、そういう中で色んな人と協力しながら音楽活動を続けていく、そういう女性のキャリアの作り方はすごく参考になるし、そういったことが知れるだけでも勇気をもらえるんですよ。そんな発見を伝えたくて、今女性とジャズにフォーカスしたテーマの執筆や、ラジオでのコーナーもやってます。
━━今もレコードショップには通っていますか?
大塚:正直、昔より全然行けてないですね。行きたいけど、育児でなかなかうまくいきません。でもね、ELLA RECORDSさんに子どもをおんぶして行ったことありますよ(笑)。他のレコード屋さんにも同じ感じで引き連れていきたいんですけど、なかなかそうもいかないので、やっぱり昔ほど行けてないです。でも、ひとりで地方などに仕事に行くときには、今もレコード屋さんには絶対行きますね。貴重な機会なので、むしろそういう時にガーッと集中して買ってるかもしれません。地方でのドカ買いは今の方が激しいかも(笑)。
お子さんと一緒にELLA RECORDSに来店した際の写真を使った大塚さんのフライヤー
━━いま所有しているレコードの枚数は?
大塚:えーっと、いや、わからないですね・・。かなりアヤしいですけど、4000とか、5000とか・・? 15年くらい前までは、DJとしての自分のスタイルを確立するために、レコードを売ったり買ったりしながら棚の中身を入れ替えたりもしてたんですよ。でも、最近は自宅のレコードを厳選する時間が取れないこともあって、買うペースこそ昔より落ちてますけど、レコード自体は増える一方ですね。
━━膨大なレコードコレクションはどのように管理してるんですか?
大塚:ラックの中でザックリとジャンルごとに分けてます。上の棚はソウル系で、昔のものから80’sや最近のもの、ブルーアイドソウル系へと移っていくような、なんとなくグラデーションになってます。その下に、ちょっとレアなプライベートプレスだけのジャズがまとまってるセクションが定位置であって、コレクターズ・アイテム的な和ジャズをまとめたセクションや、ヨーロピアン・ジャズのセクションなどもあります。あとはヒップホップ、和モノ、ロック、ジャズ・ロックとか。それ以外だと、そこから溢れたジャンルのものやジャンルに当てはめづらいもの、自分の選曲目線で集約して管理したいものなどのコーナーを作ってあったり、環境音楽やトライバルなものをまとめてあったりしますね。
私は大雑把にしかできないので、アルファベット順などには全然なってなくて。なんとなく「コレはこの辺」「コレはちょっと右側のあの辺り」みたいな感じ。だから探してるものがすぐにバシッと見つからないんですよね(笑)。あとはラックに入りきらない床置きのレコードがどんどん迫ってきちゃってます。DJで使ったものをドサッと床に置いてから、全部戻しきれなくて床置きになっちゃったり(笑)。ちゃんと管理できたらカッコいいんですけどね。全然やろうとしないですね、私は。皆さんのやり方、聞きたいな。
━━オリジナル盤へのこだわりはありますか?
大塚:はい、あります。昔は結構オリジナル主義だったので、積極的にどんどんオリジナルを目指していってましたけど、 最近は、出会ったら買っちゃうかなという感じです。とりあえず再発盤を持っておいて、後からオリジナルを探すものもあります。でも最近はその再発盤の音が良かったりもするので、これだったら再発で全然オッケーとか、むしろ再発がいいねとか、そういうケースも増えてます。でも、“音”として欲しい場合はそれでもいいんですけど、やっぱり思い入れがあって、その“存在”が欲しいっていう作品の場合には、絶対にオリジナルですね。
━━レコード・ウォントリストのトップを教えてください。
南アフリカのジャズ、Mankunku Quartet の“Yakhal' Inkomo” (1968) はオリジナルで欲しいですね。
他にも色々ありすぎて迷いますけど、Haki R. Madhubuti / Nation: Afrikan Liberation Art Ensembleの“Medasi” (1984)。これは昔からDJでかけたくて、チャンスもあったのに買えていなかったアルバムです。出産後に“Children”という曲のメッセージに実感を持って共感できたし、今執筆をしながら、Geri Allenの素晴らしさを再認識してるところでもあって。このレコードには、当時ハワード大学の学生だったGeriが作曲とピアノで参加してるんです。シカゴの今のフルート奏者のNicole MitchellもHakiの会社で働いていたことがあって、このアルバムにインスパイアされた作品を出してます。背景やメッセージを知れたことで、昔よりも一層オリジナルの存在感に魅了されてますね。
━━サブスクリプション・サービスの登場以降、レコードの買い方や聴き方は変わりましたか?
大塚:私は変わってないとは思ってるんですけどね。サブスクは、一応使ってますけど、最近はやめてます。私は使い方に結構波があって、色々調べたいと思ってワーッと見てる時もあれば、「もういいや、一度解約しよう」みたいな時期もあって。今は後者です。ひとつのツールに頼っちゃう、そればっかりになっちゃうっていうのは、あまり私の性に合わないのかなと思って。サブスクって一度ハマると、アレも探したい、コレも探したいってなるじゃないですか。そうなると子どもの相手が全然できなかったりして、そういうコントロールが自分で利かなくなるのは嫌だなと。それよりも、みんながいるところでレコードをかけて、みんなで聴いた方がいいじゃんって、今はなってます。
━━大塚さんにとって“良いレコードショップ”とは?
大塚:えー、なんかプレッシャー与えてる(笑)。むしろ私の方が、レコード屋さんに惹かれて何十年も生きてきたので、そんな質問をしていただけるなんて本当に恐縮しちゃうんですけど(笑)。私としては、そこにレコード屋さんがあるだけで嬉しいので、もうどんなところでも行きますっていう感じです、はい。
その上で言うなら、試聴しやすいと嬉しいですね。自分でレコードをかけさせてくれて、曲を飛ばしたりしながら自由に聴けるところ。なんかめちゃくちゃ切実な話になるんですけど、子育てをしてると日々時間との戦いなんですよ(笑)。あと何分で子どもを迎えにいかなきゃとか考えながら、でもレコード屋さんにも行きたいしって。それで今は、できるだけ効率よくレコードが欲しいと思ってます。だから、レコード屋さんに子どもを連れていけたらありがたいし、子どもが行きたいって言ってもらえるような場所だったら、なんて嬉しいだろうと思います。そういう意味では、ここ(ELLA RECORDS VINTAGE)は、ちっちゃい子がいても入りやすい雰囲気がありますよね。広いし。あ、でも「勝手に触るな」とか、親の責任で子どもにちゃんとマナーは守らせますので、そこは安心してください(笑)。