- 今回のDJセットに込めた思いやアイデアについて、お聞かせいただけますでしょうか?
今回のミックスは、これまで生活してきた中で、ずっと変わらず心に残っているレコードを選びました。その多くがスピリチュアルジャズと呼ばれてきたレコードで、それに魅せられたのは、権威や体制に迎合することなく、精神の自由や平和を伝えるために作られた音楽だからです。商業音楽とは全く違う目的で作られているからこそ、作り手の思いや力がレコードの全てに宿っています。
そんなスピリチュアルジャズを核として組み立てた選曲ですが、クラブフロアやリスニングバーなどたくさんの場所でプレイしてきたレコードでもあり、1つ1つに思い出があります。DJでプレイする時には、内省的なものよりも、結束感や躍動感ある曲を選んで、他ジャンルを交えながら、フロアに受け入れられるようにしていました。その頃の初心に戻りながら、ジャズの歴史の流れや、多彩な構成要素を意識して、流れを作りました。
- 今回オリジナル盤でプレイした楽曲はどれですか?
George Russell And His Orchestra の Chromatic Universe - Part 1 は『Jazz In The Space Age』と『New York, N.Y.』のカップリングがお得で音も良いレナード・フェザーの70年代のコンピレーションを使いました。それ以外はオリジナルです。

- 今回のレコードの中で、入手するのに苦労したものなど、盤にまつわる思い出やエピソードがあれば教えてください。
20数年前Phil Ranelin が来日した時、連絡先をなんとか教えてもらいました。当時はSNSもない時代で、どうやって思いを伝えたのかわからないのですが、その後直接本人からTribe時代の大切なデッドストックを購入させてもらいました。郵送のやりとりをする中で、彼は自分のキャリア ー新聞や雑誌に載った記事やコンサートのチラシや写真などーをまとめた分厚いポートフォリオを、私と他の人にという意味だと思いますが、2、3セット送ってくれました。
私の中ではPhilはすでにヒーローで、私はただのレコードファン。しかし、こんな自分に対して、謙虚に自分のキャリアを広げようとアピールするPhilの姿に驚き、心から感銘を受けました。過去の音源だけを見ていた自分、それに対して、ミュージシャンは過去を振り返らず、常に先を見て今を生きている。だからこそ先進的な音楽が生まれているんだと、気づくことができました。
この体験は、自分がその後レコードの世界だけでなく、現在のミュージシャンに目を向けて活動する大きなきっかけになったと思います。そして、得たことを自分だけのものにせず、伝えて広めていこうという気持ちを与えてくれました。

- DJをする際のご自身のアプローチ方法について教えてください。
スピリチュアルジャズを知る前は、ソウルやファンク、ヒップホップ、ブルーアイドソウルも集めていました。テクノなどのクラブトラック、民族音楽、プログレ、アンビエント、ミニマル、現代のジャズなども混ぜています。
レコードの音を細部まで再現する音響を持った環境でのDJが多くなったこともあって、再生したレコードの楽器の音やフィーリングから即興的に連想できる幅も広がりました。思い浮かんだレコードをジャンルにとらわれず、どんどんターンテーブルに置きながら、持ち数のレコードからベストの音の場所を探し出すようにしています。
私は、スピリチュアルジャズのレコードを探すことからジャズの魅力を発見して、その後、日本のジャズレーベルのコンピレーションや、現在のジャズの監修や発信をすることにも熱中してきました。その活動を通して、過去のジャズを生み出した人たちや背景から引き継がれてきた現在のジャズとの結びつきを発見することで、歴史の奥深さ、音楽の素晴らしさを改めて感じることができました。そんな発見を、選曲を通して一緒に感じてもらえたら嬉しいです。

- 今回の楽曲 or アルバムの中で、普段からよくDJでかけるお気に入りの1曲(1枚)はありますか? あれば理由もあわせて教えてください。
一つ前の質問の続きにもなりますが、ジャズをテーマにしてプレイする時は、過去のジャズと今の世界を繋ぐために、比較的身近に感じられる現在の感覚を持ったハブとなるレコードが欠かせません。そういう意味で、ハービー・ハンコックが参加しているFlying Lotus / Moment of Hesitation はよくかけます。この曲の前後で、現代ジャズやクラブ系トラックと、モダンジャズはもちろん、さらに遡ってビッグバンドやスウィングなどのトラックを選び、タイムマシーンのようにジャズの世界を行き来するのが好きです。
- DJ活動以外で、あなたのクリエイティビティを刺激するものは何ですか?
DJイベントで一緒になるDJや、その場所に来ている人との話にとても刺激をもらうことが多いです。音楽の情報だけでなく、その人の考え方、生活からもインスピレーションをもらいます。
そして今は子供と一緒にいる時間が多いのですが、子供の想像力やクリエイティビティは本当に圧倒的で刺激をもらっています。子供たちは、自分が描いた絵や放った言葉、さらには間違えた漢字からもストーリーをどんどん作ってしまう。子供の発想力は本当に豊かで無限だと感じます。よく公園に行きますが、誰とでも言葉を介さずにコミュニケーションをとって距離を縮めていく彼らを見て、選曲のお手本を見ているような感じがして、子供の力には学ぶことが多いです。

- DJとしてのキャリアをこれから始めようとしている方々に向けて、何かアドバイスはありますか?
基本的なことですが、体の健康は大切だと思います。私がDJに突き進んだころは、人脈を作ることや、レコードや音楽のために体も時間も使っていましたが、尊敬してきた人が急にこの世界からいなくなってしまったいくつもの出来事が心に残っています。そんな経験から、年を重ねると環境チェンジが必要な時が必ず来ることがわかってきました。そのため過去に執着せずに、自分自身の体や身の回りのものを大切にしていこうと思います。好きな気持ちが続けば、今すべて完璧でなくても、何かのタイミングで誰もが持っている才能や個性が、引き出される時がくるのかなと思います。
- 2025年は、どのような計画がありますか?
自分のレーベル、Key of Life+のレコーディングを少しづつ先に進めていきたいです。EPリリースや、日本のジャズミュージシャンたちとのライブとDJイベントも継続して企画していきたいと思っています。
またジャズの世界の女性やノンバイナリーの活動をまとめた執筆を形にしたいと思っています。自分と同じようなDJや、アーティストはもちろん音楽の世界を支えるプロデューサーやジャーナリストなどにインタビューをしたり、過去の女性たちの活動や歴史背景、今の世界の動きを調べることは、自分の活動の大きな力になっています。